大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和49年(行コ)19号 判決

控訴人 明本憲機こと明魯善

被控訴人 大津税務署長

訴訟代理人 陶山博生 河口進 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判(控訴人の申立)

原判決を取消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和四七年三月九日付でした所得税の青色申告承認取消処分は、これを取消す。

訴訟費用は被控訴人の負担とする。

(被控訴人の申立)

主文同旨の判決。

二  当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  青色申告者の帳簿書類の保存義務期間は、所得税法施行規則(以下規則という)六三条(昭和四七年六月大蔵省令五四号による改正前の規定)により五年問と定められている。右期間が商法三六条にいう一〇年間の保存義務期間を短縮して定められたのは、更正処分の除斥期間の最長期五年間に合せたものである。すなわち、青色申告者に対し、法定申告期限後五年を経過した場合には、いかなる更正処分をすることもできないのであるから、もはやその帳簿書類を保存させておく必要がなくなるのである。このように、青色申告者の帳簿書類の保存義務期間を短縮して五年間としたことは、所得税法上あらゆる場合に、その帳簿書類は五年間保存されているに過ぎないことを常に前提としているのであつて、右期間経過後の帳簿書類は同法上全く問題とされないのである。

(二)  税務署長は、所得税法(以下法という)一五〇条一項各号のいずれかに該当する事実があるときは、青色申告承認を取り消すことができるが、税務署長が調査する青色申告者の帳簿書類は、その保存義務期間未経過のものに限られ、経過後の帳簿書類に法一五〇条一項各号のいずれかに該当する事実があつても、同嬢簿書類を法は全く対象としていないのであるから、青色申告承認を取り消すことはできないと解すべきである。換言すれば、法一五〇条一項各号に定める取消事由が五年の保存義務期間を経過していない帳簿書類に存在することが、青色申告承認取消権の成立要件である。

(三)  原判決は、控訴人の右主張を排斥しているが、既述の如く、青色申告者の帳簿書類の保存期間が五年間と法定されているゆえ、あらゆる場合に、青色申告者の帳簿書類についてはこの五年間の保存義務期間を経過していないもののみを対象とすべきことを法は前提としているのであり、保存義務違反の場合に限り、五年間の保存義務期間が問題になるのではない。保存義務期間を五年間と法定した以上、五年間を経過すればもはや帳簿書類は保存されていないのが通常であり、法もそれを前提として帳簿書類に関する諸規定を設けているのであつて、保存義務期間経過後もたまたま保存されている帳簿書類を対象にしているのではない。もし、保存義務期間を経過した帳簿書類をもその対象とするならば、右期間の経過によりこれを廃棄した青色申告者と、たまたま廃棄せずに所持していた青色申告者との間に著しい不平等を生ずることになる。

保存義務期間内に税務署長が調査して青色申告承認を取り消さないことが責められるべきであつて、なおかつこれを救済せんがために、法一五〇条一項三号の場合には保存義務期間と関係がないとすることは、保存義務期間の経過と同時に帳簿書類を廃棄する多くの青色申告者に比して不公平になるのみならず、帳簿書類の保存義務期間に関する規定を抹殺することにもなる。

(四)  最高裁判所は、青色申告承認取消通知書に付記すべき取消事由は具体的事実の記載を要すると判示し、右記載を欠く承認取消処分を取り消したが、保存義務期間経過後の帳簿書類に承認取消の事由がある場合でも、期間の制限なくあらためて右承認取消処分をなしうると解するならば、税務署長はあらためて具体的事実を記載して適法に承認取消処分をなしうることになる。そして、その結果は、右上告審判決により納税者がいかに勝訴しても、青色申告承認取消処分の手続上の違法性については、納税者に実際上権利救済の途はないことになる。即ち、税務署長は、とりあえず取消事由である具体的事実を記載せずに安易に青色申告承認を取り消し、納税者を白色申告者にした上、除斥期間内に更正の理由も付記せずに更正処分をしておき、後日青色申告承認取消処分が判決をもつて取り消されても、あらためて適法な承認取消処分をすれば事足りることになるが、これでは、右最高裁判決も、実際上机上の空論と同様になる。斯る許すべからざる結果になるのは、原判決のように誤つた法解釈に立つからである。

(被控訴人の主張)

(一) 更正処分の五年の除斥期間は青色申告者の帳簿書類保存期間よりも二ケ月と一五日後に経過するものであるから、控訴人主張のように右帳簿書類の保存義務期間は更正処分の除斥期間と対比して五年間と定められたとするのは理由がない。青色申告者の帳簿書類の保存期間は、法一五〇条一項一号の保存義務違反を問う場合にのみ問題となるものであることは、同条の規定から明白である。

(二) 控訴人は、青色申告承認取消権の成立は保存義務期間を経過していない帳簿書類について取消事由が存在することを要すると主張するが、青色申告者の帳簿書類の調査期間を定めた規定はなく、しかも帳簿書類の保存義務期間経過後といえどもその帳簿書類の廃棄時期は関係者の供述等により確認することができるのであるから、帳簿書類の保存期間と青色申告承認取消事由の調査期間とは何ら関係がない。仮りに、右保存義務期間を五年としていることから、右調査もこの五年間になされることを当然に前提としているとしても、それは調査についてだけであり、それ以上に承認取消権が右保存義務期間内に限つて成立するとする控訴人の主張は何ら合理的根拠がない。本件の場合、右調査は右保存義務期間内になされているのである。

(三) 控訴人は、原判決の法解釈は、取消処分には具体的事実の記載を要するとの最高裁判所の判決に矛盾し、同判決を机上の空論化する旨主張するが、手続上の瑕疵により当該取消処分を取り消した右判決は、右瑕疵を補正して再度取消処分をすることを妨げるものではない。したがつて、もともと取り消されるべきであつた青色申告の承認が、適法に取り消されたに過ぎず、何ら右判決を机上の空論化し許すべからざる結果を生ずるものではない。

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであり、その理由は次に付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

原判決は主として、法一五〇条一項の解釈に重点を置き、同項各号所定の各義務の性質の相違から控訴人の主張を排斥したが、当裁判所は右法律解釈論より以上に、判断の重点を青色申告制度の趣旨に置くこと次のとおりである。

(一)  次の各事実は当事者間に争いがない。

1  控訴人は昭和四〇年度以降の各年度につき所得税の青色申告書提出承認を受けたが、昭和四三年一〇月二日同法違反容疑で国税査察官の調査を受けた。

2  被控訴人は、右調査に基づき、控訴人の昭和四〇年分の帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があると判断して、昭和四四年五月一二日付で昭和四〇年一月一日にさかのぼつて右青色申告承認を取り消す処分(以下当初取消処分という)をなした。

3  控訴人は、右取消処分の理由記載不備を理由に、所定の手続を経た上、右処分の取消を求める訴訟を提起した。

4  被控訴人は、昭和四七年三月九日、理由記載の不備を認めて自ら当初取消処分を取り消したので、右訴訟は控訴人の取り下げにより終了した。

5  被控訴人は、右同日付で取消処分の基因となつた該当条項(法一五〇条一項三号)及び具体的事実を記載し、前記理由不備の瑕疵を補正した上、当初取消処分と同様の本件取消処分をなした。

6  控訴人は右処分につき、同年四月二六日異議を申立て、同年七月二四日右申立が棄却されたので、同年八月二三日審査請求をしたが、その後三ケ月を経ても裁決がないため、裁決を経ずに本訴を提起した。

(二)  以上の事実関係の下において控訴人の主張は、要するに、法一五〇条一項各号に定める青色申告承認の取消事由が、取消処分通知日を基準として五年の保存義務期間を経過していない帳簿書類に存することが右取消権の成立要件であるとし、その根拠として、青色申告者の帳簿書類の保存義務期間を五年間と法定したのは、更正処分の除斥期間の最長期が五年であることに合わせたものであつて、税法上のあらゆる場合に対象となるべき帳簿書類は右保存期間内のものに限られることを前提とし、右期間経過後のものは対象とすべきでなく、かく解しなければ昭和四九年四月二五日および六月一一日の最高裁判所判例は空文化することなどを主たる論点とするものである。

しかしながら、青色申告制度は、誠実で信頼性のある娠簿書類の記帳を約束した納税者が、その帳簿書類に基づいて所得額を正しく算出して納税申告することを期侍し、納税者に各種の特典を付与するものであるから、この期待を裏切つた納税者が右特典を剥奪されることは法の当然予定するところといわねばならない。本件においても問題の帳簿書類の保存期間内に国税局の調査が行なわれ、法一五〇条一項三号違反の事由が発覚したのであるから、遅くともこの時点においては、すでに青色申告承認を取り消すことのできる法律関係は発生したわけである。またその後の経過は前項1ないし6のとおりであるからこの経過の下において再度の取消処分を受けても、これは、元来取り消されるべき青色申告承認が取り消されたにすぎないと見るべきであつて前記のごとく一たん発生した右取消権につき、時効ないし除斥期間の定めがない以上、已むを得ないところである。

もつとも、ある年の違反事由が比較的軽微であり、しかも、その後相当の期間が経過している場合であるとか、或は、ある年の違反事由が比較的重大であつてもその後誠実な帳簿書類が長期間に亘つて作成されているような場合にまで違反時にさかのぼつて承認を取り消すことが権利の濫用として相当でない事例は考えられる。

ところで本件の場合、被控訴人の主張するところによると、控訴人が昭和四三年一〇月国税査察官の調査を受けた結果、昭和四〇年分から昭和四二年分までの所得税に関し、判明した違反事実の内容は、

(1)  控訴人は、その経営するパチンコ店二店舗、レストラン三・店舗のうち、パチンコ店「ニユーヨーク」については妻の弟豊川裕次が、レストラン「装苑大津」・については妻がそれぞれ経営者であるかのように仮装して帳簿書類を作成し、右両名の名義で昭和四〇年分から四二年分までの確定申告書を提出していた。

(2)  レストラン「装苑京都」および「装苑大津」については売上伝票を二部作成し、そのうち一部は売上として帳簿に計上せずに売上除外していた。

(3)  パチンコ店「五条マンモス」「ホンコン」および「ニユーヨーク」については、各店の取引に関する記録をすべて焼却し、帳簿には実際より少い売上および経費を記帳して利益を過少に計上していた。

との事実であり、これを法一五〇条一項三号に該当するものとして本件取消処分をなしたというのであるが、控訴人は右取消処分に対し帳簿書類の保存期間経過による手続上の違法を主張するのみで、右実質的取消事由を争う趣旨は全く認められないから、控訴人も右実質的取消事由そのものを明らかに争わないものと解するほかない。してみると、その違反事由は相当悪質なものである上、昭和四〇年分だけでなくその後の二年分にもわたつており、しかも本件取消処分は、前(一)項判示のとおり、昭和四〇年分の帳簿書類保存期間を一年二月余経過した時点においてなされたものであつてそれほど長期間経過後の処分とはいえないことに照らすとき、単に五年の帳簿書類保存期間経過の故をもつて直ちに本件取消処分を違法とすることはできないと解しても法的安定性を害する解釈と見るに当らないし、その他原審および当審における控訴人の主張を精査しても、本件取消処分を違法とする根拠を見出すことはできない。

以上により、本件取消処分を違法として、その取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないので、本件控訴を棄却し、民訴法九五条、八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 沢井種雄 野田宏 中田耕三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例